在宅医は頑張りすぎてはいけない

数年前のことですが、大いに反省すべき経験をしました。

ある患者さんと、そのご家族を通して、自分が頑張ることが、裏目に出ることもありうるのだということを学びました。

 

患者さんとの出会いは、亡くなられる数年前でした。

一時は、だんだんと元気も出てこられて、体調も上向きで、患者さんもご家族も、在宅で係わるスタッフも、とても幸せな時間を過ごすことができました。

診察の時には、2人の共通の趣味である、魚釣りの話題でいつも笑顔を見せてくださっていました。

私の診察を心待ちにしてくださっていました。

しかし、転倒や感染をきっかけに、腎不全が一気に悪化してしまいました。

 

人工透析はしないという方針となり、終末期として訪問をつづけていました。

体調は、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、想定していたよりも、2-3ヶ月、長い経過になりました。

体調の悪化とともに、奥様への依存心や不安感が強くなり、少しでも奥様の姿が見えないと、大声を出して呼ばれるような状態でした。

 

奥様の気の休まる暇も無く、心身のご負担は、相当なものであることは、明らかでした。

 

「自宅で最期を」という本人と奥様の希望に沿って、遠方の患者さんでしたが、私も、かなり頑張って、こまめに訪問や臨時の往診をしていたと思います。

私の事をとても気に入って、信頼してくださっていた患者さんでしたから、私にも余計に力が入ってしまっていたのだと思います。

 

そして、患者さんが亡くなられるちょっと前に、ケアマネさんが、私に教えてくださいました。

奥様が、

「先生が頑張って診てくれるから、自分も頑張らねばと思って介護してきたけれど、限界がきました」と、おっしゃっておられると…

 

大いに反省しました。

その後、入院先を探して、入院面談が迫ったある日、患者さんは自宅で旅立たれました。

 

私が頑張ることによって、かえって、奥様の逃げ場がなくなり、「入院させてください」と言いづらくしてしまっていたのです。

在宅医療の特徴は、患者さんのご家族が、介護や看護の主力になることが多いという点です。

日本の現状として、良くも悪くも、それが現実です。

ゆえに、ご家族に心身の負担がかかりすぎていないかを、注意深く気遣いながら、診療を進めて行く必要があります。

もちろん、普段はそうやって、アンテナを立てて、気遣っています。
だけど、見えなくなるときがあるのです。

期待に応えるためにも、頑張らない訳にはいかない。
けれども、頑張りすぎるると、逃げ場とか遊びがなくなる。

どこかに、逃げ場とか、遊びとか、緩さとか、そういう余白を残しておくことがとても大切なのだと知りました。

こちらが、いっぱいいっぱいにならないだけの、余裕を持っておくこと…実際には余裕がなくても、余裕を感じさせる強さと心遣いが必要なのだと学んだのでした。

熱心な在宅関係者にこそ、私の失敗を知っていただきたいと思います。