問診 ~ 抜け落ちる真実

さて、いきなりですが、質問です。
この写真に使われている色は何色でしょうか?

一般的な回答としては、
白、黒、灰色となるのではないでしょうか。

しかし、
もっと細かく見ていけば、
白っぽい灰色もあれば、黒っぽい灰色もある。

つまりは、
実際にこの写真に使われている色を
全て言語で表現するのは不可能なんです。

言い換えれば、
言葉で伝えようとしたとたんに、
正確に伝えることは不可能であることに気づきます。

 

問診という篩(ふるい)かけ

さて、では診察室での問診を思い浮かべてみましょう。

あなたは「胸が苦しい」という症状で、
病院を受診したとします。

すると医師は
「息が苦しいのですか?」
「押さえつけられるような感じですか?」
「痛みがありますか?」
「どの程度苦しいですか?」
と、矢継ぎ早に質問してきます。

そしてあなたが、
自分の症状を医師に言葉で伝えようとしたとたんに、
医師には自分が感じたありのままの症状を
伝えることが不可能であることに気がつきます。

そう、
ここで真実のかなりの部分がこぼれ落ちてしまうのです。

それでも、がんばって、
あなたが、何とか自分のもっている語彙でもって、
症状を説明したとします。

しかし、ここでさらに、
医師によって、さらに真実がこぼされて行きます。

そう…

「息が苦しいということですね(呼吸困難)」と、
一般的な用語に分類された途端に、
あなたの独自の症状から多くの真実が抜けおちてしまうのです。

医師には、
あなたが感じていることの10%も伝わっていないのではないでしょうか。
がっかりですよね…

脳の限界

人間の脳は、
論理的に考えようとするとき、
あまりに複雑すぎると、
考えたり判断することができなくなるのです。

ですから、
考えやすくするために、
便宜的に言葉を使ってシンプルな形に
篩い分けせざるをえないのです。

現代の科学とか医学というものは、
すべて、このように、
ありのままの姿を簡素化した形で捉えることによって
発展してきたものなのです。

いま、全人類がその恩恵にあずかっていますから、
決して悪いことではありません。

しかし、科学とか医学とかは、
相当に不完全な学問であり、
その限界や特性をしっかり理解した上で
つき合っていく必要があるのと私は思っています。

 

荘子(そうし)に学ぶ

私が、このような考えを持つようになったのは、
紀元前300年頃、
中国の宋の思想家である
荘子の思想を学んだからです。

興味がある方は、
是非彼の著書「荘子(そうじ)」を読んでみて下さい。